僧帽弁逆流を治すとEFが下がるのはなぜか――総拍出と前方拍出を分ける
公開
目次
重症の僧帽弁逆流(MR)に経カテーテル的修復(TEER)を行った翌日、心エコーのEFが術前より下がっていた。心筋が手技で傷んだのか、もともと弱っていた心筋が露わになったのか、あるいはそのどちらでもないのか。MRの評価でEFが「保たれている」ことは何を保証しているのか。
第4回の問いは、MRを治したときのEF低下を収縮性の低下と読んでよいか、である。前回までに、EFが負荷の影響を受けること、閉じた循環では一つの操作が前負荷と後負荷を同時に変えることを見た。MRではこれに「出口が二つある」という事情が加わる。読み終えたときに、総拍出・前方拍出・逆流量を流量の積分として区別し、MRの修復でEFが下がりうる機序を収縮末期の点の動きとして説明できることを目標にする。
臨床の出発点:TEERの前後で何が変わったか
Hashimotoらは、TEERに成功した49例で術前と術後(中央値1日後、いずれも3日以内)の経胸壁心エコーを比べ、術後のEF低下に関わる因子を後ろ向きに調べた1)。全49例の平均では、EFは57±18%から54±18%で有意な変化はなかった。一方、左室容積の差から求めた総一回拍出量は72±21 mLから58±16 mLへ減り、左室流出路のドプラで求めた前方一回拍出量係数は30±10から35±12 mL/m²へ増えた。非侵襲の一拍推定によるEesは有意に変わらず、Ea(0.9×上腕収縮期血圧/総一回拍出量)は増えた図1。
図1:TEERの前後:EFは有意に変わらず、前方拍出は増えた

Hashimotoら(2025)Table 2の全49例の値(平均±SD)を独自に作図。総EF、前方一回拍出量係数(ドプラ)、非侵襲一拍推定のEesを、それぞれの単位の軸で術前と術後(中央値1日後)に並べた。EFとEesの変化は有意でなく、前方一回拍出量係数は増加した。群平均の比較であり、個々の患者の変化の軌跡ではない。EFが5ポイント以上低下した18例の部分集団の解析とは別の値である。
Hashimoto et al. Echocardiography (2025), Table 2. DOI:10.1111/echo.70095。数値から独自に作図。 · 原著の報告値・所見に基づく独自作図(原図転載なし)
EFが5ポイント以上下がった18例に限ると、総一回拍出量の減少とEaの上昇が、下がらなかった31例より大きかった。ただし部分集団でも前方一回拍出量係数の増加は両群で同程度だった1)。ここで注意したいのは、Eaの定義の分母が総一回拍出量である点である。血圧が同じでも総一回拍出量が減ればこの定義のEaは大きくなるので、EF・総一回拍出量・Eaの変化が互いに相関することは、定義を共有する量どうしの関係を含んでいる。Eaの上昇を血管抵抗の上昇だけで読むことはできない。
別の研究では、クリップ治療に成功した46例で心エコーと同時血圧から非侵襲のPV関係を再構成し、総EFとGLSは低下したが推定Eesと前方心拍出量は維持されたと報告している2)。前方拍出が「増えた」研究と「維持された」研究があり、二つを一つにまとめることはできない。共通しているのは、総EFが下がっても推定Eesが下がったという結果は得られていないことである。
出口が二つある左室:流量を正負に分けて積分する
弁を通る流量を Q(t) とし、正を本来の向きとする。一拍 T の間に弁を前向きに通った量、後ろ向きに通った量、差し引きの量は次のように書ける。
左室の容積は、僧帽弁から入る流量 Q_MV(左室へ向かう向きを正)と大動脈弁から出る流量 Q_Ao の差で変わる。容積が減っていく区間 I で保存則を積分すると、容積の減少分(総一回拍出量)は次の左の式になる。この区間に僧帽弁の順流や大動脈弁の逆流がなく、区間の外に駆出や逆流がほとんどなければ、それは一拍全体の大動脈弁前方拍出と僧帽弁逆流量の和で近似できる。同じ条件のもとで、逆流率 RF と、前方拍出を拡張末期容積で割った前方EFは次のように関係する。
総EFは「左室がどれだけ縮んだか」を、前方EFは「そのうちどれだけが体循環へ届いたか」を表す。臨床では総一回拍出量を画像の容積差から、前方拍出をドプラから求めるので、測定法の違いによる誤差もここに入る。原発性MRの研究では、総EFはMRの重症度群の間で有意な差がなかった一方、前方EFは重症になるほど低かった3)。その研究で前方EFは流出路ドプラの一回拍出量を別の方法で求めたEDVで割っており、分母の推定法も総EFとは違う。
もう一つ、逆流は駆出の「負荷」も変える。僧帽弁が閉じきらない左室は、大動脈弁が開く前から圧の低い左房へ血液を送り出せる。前回までの模式で考えれば、逆流の経路が加わると心室から見た実効的な後負荷が下がり、同じESPVRのもとでも収縮末期の点はより小さな容積へ移ることになる。逆流をなくすとこの逃げ道が閉じ、左室は大動脈圧だけに逆らって駆出することになる。
モデルで確かめる:Tref倍率を変えずに逆流だけをなくす
CircleHeartの保存済み比較では、同じ解剖・同じ総血液量・心拍数70/分のまま、左室自由壁と中隔のTref倍率(0.70/1.00、以下「張力が低い/基準」)と僧帽弁逆流(あり/なし)の二つを組み合わせた4条件を、それぞれ周期定常まで整定させてある。逆流ありの条件では僧帽弁の逆向きの有効逆流弁口を0.30 cm²に設定し、逆流なしの条件ではこれをゼロにしている注1。まずTref倍率を0.70のまま、逆流だけをなくす。
インタラクティブ・シミュレーション
弱い左室で、逆流だけをなくす
Tref倍率は0.70のまま、僧帽弁逆流ありからなしへ変えた二つの周期定常(表示名「低張力・MRあり」と「低張力・MRなし」)。主グラフは左室の経壁圧PVループ、補助グラフは一拍内の左室圧と左房圧。逆流ありのループに等容収縮の垂直な辺がないこと、逆流をなくすとループの左端(収縮末期)がどちらへ動くかに注目する。数値欄は総EF、前方一回拍出量(大動脈弁)、平均左房圧。
シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 6件・操作 0件
- グラフ 1
- グラフ 2
- 総EF
- 総EF
- 前方SV
- 前方SV
- 平均左房圧
- 平均左房圧
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
逆流ありのループは幅が広く、右下の角から等容収縮の垂直な辺を経ずに容積が減り始める。逆流をなくすと、総EFは59.3%から48.1%へ11ポイント下がった。Tref倍率は変えていない。その一方で、大動脈弁の前方一回拍出量は65.0 mLから77.2 mLへ増え、正味心拍出量は4.55から5.41 L/min、平均左房圧は20.1から10.4 mmHgへ下がった。
EFが下がった理由は、ループの両端の動きに分けて読める(ここでのEDV・ESVは一拍の最大・最小容積)。拡張末期容積は176から161 mLへ小さくなり(逆流で左房に戻っていた血液が次の拍で左室へ流れ込むことがなくなった)、収縮末期容積は72から83 mLへ大きくなった。後者が「収縮性が落ちたように見える」部分である。確認できているのは、Tref倍率を固定したまま逆流の出口がなくなり、左室が体循環だけに向かって駆出するようになったこと、平均大動脈圧が77から90 mmHgへ上がったこと、そして最小容積が大きくなったことである。第2回の線形の模式で解釈すれば、後負荷の側の条件が変わって収縮末期の点が大きな容積へ動いた、と読むのが自然だろう。ただしこの比較でESPVR・Ees・Eaを求めたわけではなく、平均大動脈圧も収縮末期圧そのものではない。
前方EFは、保存値から算術的に求めると逆流ありで65.0/176.0=36.9%、逆流なしで48.1%となり、修復後に上がる。逆流率は約38%だった。なおモデルでも、最大・最小容積の差(104.31 mL)と一拍全体の前方拍出+逆流量(104.30 mL)はわずかに異なり、上の式の「≈」はこの程度の近似である。総EFと前方EFが逆向きに動いたことが、この回の中心の観察である。一拍仕事は1.00 Jから0.97 Jでほぼ同じだったが、逆流ありではその仕事の一部が左房へ血液を押し戻すことに使われていた。
逆流は、弱い左室のEFを「正常」に見せる
インタラクティブ・シミュレーション
逆流がある左室で、張力の違いを比べる
僧帽弁逆流ありのまま、左室自由壁と中隔のTref倍率が0.70の条件と1.00の条件を比べた二つの周期定常(表示名「低張力・MRあり」と「基準張力・MRあり」)。主グラフは左室の経壁圧PVループ。Tref倍率の違いが総EFと前方一回拍出量にどう現れるかを見る。
シナリオ 2件・グラフ 1件・出力 4件・操作 0件
- グラフ 1
- 総EF
- 総EF
- 前方SV
- 前方SV
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
逆流がある状態でも、張力の違いは現れる。基準の張力では総EF 66.3%、前方一回拍出量71.6 mL、平均左房圧16.2 mmHgで、低い張力の59.3%、65.0 mL、20.1 mmHgより良い。ここで、同じsnapshotの逆流なし・基準張力の条件の総EFが55.7%だったことを思い出したい。張力が低く逆流のある左室の総EF(59.3%)は、張力が基準で逆流のない左室(55.7%)より高い。総EFの数字だけでは、Tref倍率の低い左室と基準の左室の順序が逆転しうる。
インタラクティブ・シミュレーション
逆流のある弱い左室と、逆流のない基準の左室
表示名「低張力・MRあり」(Tref倍率0.70、逆流あり)と「基準張力・MRなし」(1.00、逆流なし)の二つの周期定常。Tref倍率と逆流の二つが同時に違うので、どちらか一方の効果を示す比較ではない。総EFでは前者が高いのに、前方一回拍出量と平均左房圧では後者が良い、という読み違いの例として見る。数値欄は総EF、前方一回拍出量、平均左房圧。
シナリオ 2件・グラフ 1件・出力 6件・操作 0件
- グラフ 1
- 総EF
- 総EF
- 前方SV
- 前方SV
- 平均左房圧
- 平均左房圧
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
二つを重ねると、逆流のある左室のループは幅が広く右へ張り出し、総EFは高いのに、大動脈へ届いた量は65.0対80.1 mLと少なく、平均左房圧は20.1対8.4 mmHgと高い。二つの条件は二つの因子が同時に違うので、この差をどちらか一方の効果として量ることはできないが、総EFの順位が前方拍出の順位と逆になりうることは直接確かめられる。
臨床でも、EFが正常範囲の慢性MR患者の中に、負荷を変えた侵襲的評価で最大エラスタンスの低下を示す例があった4)。僧帽弁置換の前後を比べた研究では、MR群で術後にEFが下がる一方、前方一回拍出量をEDVで割った値は増えた5)。いずれも収縮性を単独で操作した研究ではないが、モデルが示した機序と向きがそろう。
臨床データとモデルは、どこまで対応するか
モデルとHashimotoらのデータは、総一回拍出量が減り、前方拍出が増え、総EFが下がる、という向きで一致する。モデルの修復前後でTref倍率を変えていないことは、推定Eesが有意に変わらなかったという臨床所見と矛盾しない(有意差がないことは不変の証明ではない)。したがって、MR修復後のEF低下は、収縮性の入力を変えなくても逆流の出口と負荷の変化だけで生じうる、という機序の説明としてモデルを使える。
定量的な一致は主張できない。モデルのEF低下は11ポイントで、臨床の全体平均の3ポイント(有意差なし)よりずっと大きい。モデルでは逆流を完全になくしているが、TEER後には残存逆流があり、患者の病因(一次性・二次性の混在)、心拍数、血圧、体格はさまざまで、術後の測定は手技の翌日前後である。臨床の総一回拍出量は二断面法の容積差、前方拍出はドプラ、Eesは一拍推定であり、モデルの容積・弁流量とは測り方が違う。モデルの平均左房圧も肺動脈楔入圧の測定値ではない。群平均の数値にモデルを合わせ込んだわけでもない。
臨床の判断に戻すと、MRの評価では「EFが保たれている」ことは前方拍出が保たれていることも、心筋が健常であることも保証しない。修復後のEF低下は、それだけでは心筋障害の証拠にならない。前方拍出、左房圧、収縮末期容積と血圧を合わせて読むことが、その区別の出発点になる。手術の時期や適応の判断は臨床研究の知見に基づくもので、この比較から導くものではない。
確認
確認問題
モデルで左室自由壁と中隔のTref倍率を変えずに僧帽弁逆流だけをなくすと、総EFは59%から48%へ下がった。この低下の説明として最も適切なのはどれか。
- 逆流をなくす操作で左室の収縮性が低下したため。
- 逆流の逃げ道がなくなり左室が大動脈圧だけに向かって駆出するようになったためESVが大きくなり、逆流による過剰な充満がなくなったためEDVが小さくなった。
- 前方拍出が減ったため。
- 左房圧が上がったため。
答えと解説
正解: 逆流の逃げ道がなくなり左室が大動脈圧だけに向かって駆出するようになったためESVが大きくなり、逆流による過剰な充満がなくなったためEDVが小さくなった。
Tref倍率は変えていないので、本コースが操作する収縮性の入力は同じである。最小容積(ESV)は72から83 mLへ増え、最大容積(EDV)は176から161 mLへ減った。前方一回拍出量は65から77 mLへ増え、左房圧は20から10 mmHgへ下がっている。ESVの増加を後負荷側の変化として読むのは第2回の模式による解釈で、この比較でESPVRやEaを測ったわけではない。
確認問題
総EF 60%、逆流率40%の左室がある。総一回拍出量と逆流率は同じ拍・同じ容積減少区間で定義され、それ以外の逆流や区間外の流れは無視できるとする。前方EFはいくらか。
- 20%
- 24%
- 36%
- 60%
答えと解説
正解: 36%
EF_fwd = EF_total × (1 − RF) = 0.60 × 0.60 = 0.36。総EFが正常範囲でも、体循環へ届く割合は3分の1強にとどまる。この関係は、総一回拍出量と前方拍出が同じ拍・同じEDVで定義され、容積減少区間の流量収支が前方拍出と逆流量の和で近似できる場合に成り立つ。
注釈
- 注1MRの比較条件と、モデルの出力の定義↩
CircleHeart standard-74の保存済みsnapshotで、左室自由壁と中隔のTref倍率(0.70と1.00)と、僧帽弁閉鎖時の逆向き有効逆流弁口(0.30 cm²と0)を組み合わせた4条件。僧帽弁の前向き有効弁口5.5 cm²、心拍数70/分、総血液量4,935 mL、体血管抵抗の設定係数1.04などの血管の設定は共通。Readerの表示名は「低張力・MRあり」「低張力・MRなし」「基準張力・MRあり」「基準張力・MRなし」。逆流なしの条件は、同じモデルの逆流のない基準状態と同一の出力を示す。本文の「張力」はTref倍率の設定を指し、実際に発生する張力の時間経過やEesを指定したものではない。
総EFは一拍の最大容積と最小容積から計算した値。逆流があると等容収縮期がほとんどなくなり、弁の開閉時刻で定義する拡張末期・収縮末期の目印が成り立ちにくいため、最大・最小容積による定義を用いている。前方一回拍出量は大動脈弁を前向きに通った量、正味心拍出量は大動脈弁の正味の量に心拍数を掛けたもの。前方EFはモデルの標準出力ではなく、本文では保存された前方一回拍出量と最大容積から算術的に求めた。逆流率も同様に保存値から求めた。
文献
- Hashimoto K et al. Increased afterload in patients with acute reduction in left ventricular ejection fraction following mitral valve transcatheter edge-to-edge repair. Echocardiography. 2025;42(2):e70095. TEER成功49例の後ろ向き研究。全文・Methods・Table 2/3・図注を確認。Table 2は平均±SD。本文中の総SV「58±116」は表の「58±16」を採用。原著はCC BY-NC-ND 4.0で、本稿の図は報告値からの独自作図。↩1↩2
- Lavall D et al. Early hemodynamic improvement after percutaneous mitral valve repair evaluated by noninvasive pressure-volume analysis. J Am Soc Echocardiogr. 2016;29:888–898. クリップ治療成功46例の前向き研究。心エコーと同時血圧による非侵襲PV解析。抄録の対象・方法・血行動態結果を確認。結果図は未確認。↩
- Dupuis M et al. Forward left ventricular ejection fraction: a simple risk marker in patients with primary mitral regurgitation. J Am Heart Assoc. 2017;6:e006309. 手術のClass I適応のない一次性MR 278例の後ろ向き研究。原著全文・Methods・Fig. 1/2を確認。総EFは二断面法、前方EFは流出路ドプラのSVをTeichholz法EDVで除した値。↩
- Starling MR et al. Impaired left ventricular contractile function in patients with long-term mitral regurgitation and normal ejection fraction. J Am Coll Cardiol. 1993;22:239–250. 慢性MR 28例、対照11例。侵襲的圧・造影・負荷操作による評価。PubMed抄録の範囲で確認、全文未読。↩
- Crawford MH et al. Determinants of survival and left ventricular performance after mitral valve replacement. Circulation. 1990;81:1173–1181. 僧帽弁置換前後104例(MR 48例を含む)。抄録(250語で途切れる)の範囲で確認、全文未読。収縮性を独立に操作した研究ではない。↩