弛緩指標は、心筋だけを測っているのか

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目次

左室圧が速く下がるようになり、等容弛緩時間IVRTも短くなった。心筋の弛緩が改善したと考えてよいだろうか。圧下降の速さ、IVRT、僧帽弁流入のE/Aや減速時間は、力が消える速さだけでなく、左室圧がどの高さから下がり始めるか、弁の向こうにどの左房圧があるか、流入を受け止める両心腔がどれだけ広がるかにも左右される。この回では、心筋側の設定を変えずに総血液量だけを変え、これらの指標が負荷によってどう動くかを確かめる。

読み終えたときに説明できるようにしたいのは、次の三つである。最小dP/dtとτがなぜ別の情報を持つのか。IVRTがなぜ左房圧にも左右されるのか。流入の減速がなぜ左室だけでなく左房の性質も含むのか。そのうえで、負荷だけを変えた実験で各指標がどう動いたかを、圧の条件へ戻して読む。

圧の下降速度は、どの高さから下がるかにもよる

最小dP/dtは、一拍の中で左室圧が最も速く下がる瞬間の圧変化率(mmHg/s)である。負の値なので、絶対値が大きいほど下降が急である。これは「1秒あたり何mmHg下がるか」という圧の幅で測った速さである。一方、「圧の差が一定の割合まで縮むのにどれだけかかるか」という割合で測った速さを表すのが、等容弛緩期の圧下降に指数モデルを当てはめたときの時定数τである(第1回)。1,2)

P(t)=P+(P0P)e(tt0)/τ,dPdt=PPτP(t)=P_{\infty}+(P_0-P_{\infty})e^{-(t-t_0)/\tau},\qquad -\frac{dP}{dt}=\frac{P-P_{\infty}}{\tau}

Pは左室圧(mmHg)、P₀は時刻t₀の圧、P∞は漸近圧、τは時定数である。τを秒で表せば、右の式の両辺はmmHg/sになる。右の式が示すように、τが同じでも、漸近圧から大きく離れた高い圧にある時点ほど、圧は急に下がる。したがって最小dP/dtを比べると、弛緩の速さに加えて、下降を始める圧の高さの違いも一緒に見ることになる。

IVRTは、左房圧にいつ追いつくかで変わる

IVRTは、駆出が終わってから僧帽弁が開いて流入が始まるまでの時間である。僧帽弁は左室圧が左房圧を下回ると開くので、IVRTは下がる側と受け止める側の両方で決まる。左室圧の下降が遅ければ、左房圧に達するまでに時間がかかり、IVRTは延びる。左房圧が高ければ、左室圧がまだ高いうちに交わるので、IVRTは短くなる。3)

図1は、この関係を一本の圧下降で示した数学例である。開始圧80 mmHg、P∞=0、τ=40 msの指数曲線を固定し、左房圧として8 mmHgと16 mmHgの水平線を重ねた。見るのは、曲線と各水平線の交点の横位置である。左房圧16 mmHgでは64.4 ms、8 mmHgでは92.1 msで交わる。心筋側の圧下降がまったく同じでも、左房圧が高いだけで交差は約28 ms早まる。

図1:左房圧が変わると、同じτでも圧交差までの時間が変わる

同じ指数的な左室圧下降に8と16 mmHgの左房圧水平線を重ねる。高い左房圧との交差は64.4 ms、低い左房圧との交差は92.1 msで、高い側が早い。

開始圧80 mmHg、P∞=0、τ=40 msとした説明用の指数曲線。一定の左房圧を8/16 mmHgとすると、圧交差はそれぞれ92.1/64.4 msとなる。交差ですぐ弁が開く簡略仮定の例であり、弁開閉状態を持つ本アプリの計算や、実測IVRTではない。

本稿による独自作図。説明のために選んだ数値を使用。

同じτでも、開放時刻が変わる数理例

左房圧P_LAを一定、左室圧を指数的な下降とし、二つの圧が一致した瞬間に僧帽弁が開くと仮定する。この簡略モデルでは、圧交差までの時間は次式になる。

topent0=τln ⁣(P0PPLAP),P0>PLA>Pt_{\mathrm{open}}-t_0=\tau\ln\!\left(\frac{P_0-P_{\infty}}{P_{LA}-P_{\infty}}\right),\qquad P_0>P_{LA}>P_{\infty}

τを一定にしても、P_LAが高くなると対数の中の分母が大きくなり、開放までの時間は短くなる。逆に開始圧P₀が高くなれば分子が大きくなり、時間は長くなる。t₀は指数下降を始めた時刻であり、必ずしも大動脈弁閉鎖時刻ではない。この式による時間を、実際のIVRTや本アプリの弁開閉計算と同じ値として扱わない。1,2)

実験:総血液量を変え、IVRTと圧下降速度を比べる

実験では、左室自由壁と中隔の受動係数を1.04に固定し、総血液量4935 mLと5500 mLの2条件を比べる。心拍数と、Ca²⁺波形を決める設定を含む心筋の反応パラメータはそろえる。まず左室・左房の圧波形で、左室圧の下降と、左房圧と交わる時点を見る。続いて僧帽弁を通る流量の波形で、E波とA波を見る。主な指標は平均左房圧、IVRT、E/Aである。本文では、同じ計算から得た最小dP/dtとE波の減速時間も示し、係数1.33で同じ比較をした結果も補足として添える。比べるのは、各設定で毎拍同じ経過を繰り返す周期定常状態である。このモデルでは心室のCa²⁺の減衰を単独で操作できないので、この実験が答えるのは「弛緩を速めたら指標がどう動くか」ではなく、「弛緩の設定を変えずに負荷を変えたら指標がどう動くか」である注1

数学例では、左室の圧下降を同じに保って左房圧だけを上げると、圧交差は早まった。閉じた循環で総血液量を増やすと、平均左房圧は上がる。では、IVRTは短くなるだろうか。最小dP/dtはどう変わるだろうか。

インタラクティブ・シミュレーション

左房圧が上がると、IVRTとE/Aはどう動くか

シナリオ 2件・グラフ 3件・出力 10件・操作 0件

  • 左室圧と左房圧
  • 僧帽弁の流量
  • 左室PV(経壁圧)
  • 平均左房圧
  • 平均左房圧
  • IVRT(弁流量イベント)
  • IVRT(弁流量イベント)
  • E/A(体積流量比)
  • E/A(体積流量比)
  • LV dP/dt min(腔内圧・10 ms窓)
  • LV dP/dt min(腔内圧・10 ms窓)
  • E波減速時間(体積流量80–40%)
  • E波減速時間(体積流量80–40%)

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受動係数1.04で総血液量を4935から5500 mLへ増やすと、平均左房圧は8.40から12.72 mmHgへ上がり、最小dP/dtは−1531から−1727 mmHg/sへ変わって、圧下降は急になった。ところがIVRTは94から96 msで、短くならなかった。時系列の観測間隔は2 msなので、この2 msの差を弛緩の悪化の証拠と読むよりも、「左房圧が上がったのに、IVRTの短縮は認めなかった」と読むのが妥当である。補足として係数1.33で同じ比較をすると、IVRTは二つの血液量でともに90 msだった。

数学例と結果が食い違うのは、閉じた循環では左房圧だけが変わるわけではないからである。総血液量を増やすと、平均大動脈圧も93.6から108.6 mmHgへ上がり、容積や駆出の経過も変わった。開放時刻の式に当てはめて考えると、左房圧の上昇は開放を早め、左室圧がより高い位置から下がり始めれば開放は遅れる。最小dP/dtの絶対値が大きくなったことも、τが短くなったためとは限らず、高い圧から下がり始めたことと整合し得る。ただし、この実験では下降の開始圧やτを分けて測っていない。Ca²⁺波形を決める設定が同じだからといって、左室圧の時定数τまで同じとは結論できない。指標を負荷条件へ戻して読む必要があるのは、このためである。

E/Aも、左房と左室がつくる流れを見ている

僧帽弁が開くと、左房と左室の圧較差が血液を押し出す。血液が移ると、左房は容積を失って圧が下がり、左室は容積を得て圧が上がる。両側の変化が圧較差を縮め、流れはやがて減速する。したがって、流入がいつ速くなり、いつ減速するかは、左室の弛緩だけでなく、両心腔の圧容積関係と弁の通りやすさにも左右される。3)

二つの心腔が、流入の減速を決める数学例

流入の減速側だけを考えるため、左房と左室を一定の抵抗R(mmHg·s/mL)でつなぐ。両心腔のcompliance C_A、C_V(mL/mmHg)は一定とし、能動的な収縮・弛緩や、この二つ以外からの流入・流出はないと仮定する。左房圧P_Aから左室圧P_Vを引いた圧較差ΔP(mmHg)が正の間、左房から左室へ流れる体積流量Q(mL/s)は次のようになる。

Q=ΔPR,ΔP=PAPVQ=\frac{\Delta P}{R},\qquad \Delta P=P_A-P_V

左房は毎秒Qだけ血液を失い、左室は同じ量を受け取る。complianceの定義dV=C dPから、左房圧はQ/C_Aの速さで下がり、左室圧はQ/C_Vの速さで上がる(どちらもmmHg/s)。両側の変化が、圧較差を小さくする。

dΔPdt=Q ⁣(1CA+1CV)=ΔPτfill\frac{d\Delta P}{dt}=-Q\!\left(\frac{1}{C_A}+\frac{1}{C_V}\right)=-\frac{\Delta P}{\tau_{\mathrm{fill}}}
τfill=R1/CA+1/CV=RCACVCA+CV\tau_{\mathrm{fill}}=\frac{R}{1/C_A+1/C_V}=R\frac{C_A C_V}{C_A+C_V}

τ_fillの単位は(mmHg·s/mL)×(mL/mmHg)=sである。この簡略モデルでは、圧較差と流量はτ_fillを時定数として指数的に減衰する。合成したcompliance C_A C_V/(C_A+C_V)はどちらのcomplianceよりも小さい。一方が他方より十分小さいときは、その小さい側の値に近づく。二つが等しければ、その半分になる。したがって、Rともう一方のcomplianceを固定すれば、左房・左室のどちらかのcomplianceが小さくなるだけでもτ_fillは短くなり、流れは速く減衰する。ここでのτ_fillは、能動張力が消える速さを表す等容弛緩期のτとは別の量で、弁を挟んだ二つの心腔の圧が近づく速さである。また、この式には血液の慣性が入っていないため、E波の立ち上がりは表さない。Thomasらの早期流入モデルを読む入口として、流れには両心腔の性質が入ることを示す独自の数学例であり、本アプリの弁計算やDopplerの減速時間DTそのものを表してはいない。3)

Thomasらは早期僧帽弁流入の数学モデルで、まず生理条件を一つずつ変え、さらに一回拍出量を保つように左房圧を補償した条件を調べた。同じ心室側の異常でも、補償後には異なるE波が現れた。波形を読んだ後に「その流れを成立させるのに、どれだけの圧が必要だったか」を問う理由がここにある。3)

拡張後期のA波には、心房収縮の状態、収縮直前までの充満、左室側の抵抗、心房と心室のタイミングが関わる。E/AはEが変わってもAが変わっても動くので、比だけでなく、それぞれの波とそのときの圧を合わせて読む。4)

この実験のE/Aは、僧帽弁を通る体積流量Qのピーク比であり、診療で測る局所のDoppler速度とは測定量が異なる。E波の減速時間も、体積流量の波形から求めている注2。二つのピークが分かれる条件で比を比べ、融合する条件では波形そのものを見る。先の実験の僧帽弁流量の波形では、血液量を増やしたときにE波とA波の高さがどう変わるかを確かめられる。

同じ容量比較で、流入指標は圧下降の指標とは異なる動きを示した。受動係数1.04では、総血液量を増やすとE/Aは0.938から1.028へ上がり、E波の減速時間は147.5から119.6 msへ短くなった。補足の係数1.33の比較でも、E/Aは0.925から1.196、減速時間は132.4から102.7 msとなり、IVRTは90 msのままだった。弛緩の速さを独立に操作しなくても、負荷だけで流入指標は動いた。

観察した減速時間の短縮を、τ_fillの数学例に照らしてみる。仮に充満中の左室の局所complianceが小さくなるなら、数学例では減速は速まる。血液量を増やすと作動点が非線形の圧容積関係の右上へ移るので(第2回)、そのような変化が起きている可能性はある。補足の係数1.33の比較と同じ血液量どうしで並べても、係数1.33のほうが減速時間は短かった(4935 mLで147.5と132.4 ms、5500 mLで119.6と102.7 ms)。こうした向きは、この考え方と矛盾しない。ただし本実験では、E波が減速する時期の局所complianceを求めていない。第2回で比べたのも最大容積時点の点の位置であり、充満中の傾きではない。さらに本アプリの弁計算は線形の抵抗ではなく、左房側も同時に変わっている。ここで言えるのは向きが整合するところまでで、減速の機序を示したことにはならない。

指標の変化を、その圧条件へ戻して読む

実際の拡張能評価では、流入指標だけでなく、心筋運動、左房の状態、他の血流指標、臨床背景を組み合わせる。2025年のASE勧告も、複数の情報を統合する枠組みを示している。安静時に十分な異常が見えない症例では、負荷時の評価が別の情報を与えることもある。5,6)

この回の結果を臨床の問いに置き直すと、次のようになる。IVRTが短くなったら、左房圧も変わっていないか。圧下降が急になったら、どの圧から下がったのか。流入が増えたら、その流れを成立させている圧はいくらか。指標の変化を心筋の改善と結びつける前に、圧と容積の条件へ戻すことが、この実験から持ち帰りたい視点である。

今回は流入の入口を変えず、総血液量だけで負荷を変えた。入口そのもの、つまり僧帽弁口が狭い場合には、平均左房圧と左室の圧が別々に動き得る。僧帽弁狭窄を解除して平均左房圧が下がったのに、左室拡張末期圧が上がったとしたら、それは矛盾だろうか。次回は、この問いを、圧を測る時点と圧容積曲線の上の位置から考える。

拡張能と弛緩|記事と実験のガイド連載全8回の一覧と、実験の読み方。CircleHeart 次へ|僧帽弁を広げると、左房圧と左室の圧はどう変わるか第4回へ進む。CircleHeart

注釈

  1. 注1この実験での測定と比較条件

    この実験の最小dP/dtは、左室の腔内圧を10 msの窓で評価した圧変化率である。IVRTは、大動脈側の駆出終了から僧帽弁流入開始までのイベントで測る。今回はCa²⁺波形の消退を独立に操作せず、総血液量による負荷の違いを比べる。心筋の反応パラメータが同じでも、実際の筋長や張力の経過は循環から影響を受ける。

  2. 注2この実験のE波減速時間

    体積流量のE波がピークの80%から40%へ下がる区間の傾きをゼロ流量まで外挿し、ピークからの時間を求めている。Doppler速度波形を手でトレースする臨床のDTとは、計測対象と方法が異なる。

文献

  1. Hemodynamic determinants of the time-course of fall in canine left ventricular pressure (1976) 左室圧下降を指数関数で記述し、時定数τの血行動態上の決定因子を検討。 DOI: 10.1172/JCI108522。↩1↩2
  2. Estimation of the Left Ventricular Relaxation Time Constant τ Requires Consideration of the Pressure Asymptote (2005) 圧下降の漸近圧をゼロとする仮定が、推定されたτへ及ぼす影響。 DOI: 10.33549/physiolres.930624。↩1↩2
  3. Analysis of the early transmitral Doppler velocity curve: effect of primary physiologic changes and compensatory preload adjustment (1990) 早期僧帽弁流入を、弛緩、両心腔の硬さ、左房圧の組合せから解析した数学モデル。 DOI: 10.1016/0735-1097(90)90356-T。↩1↩2↩3↩4
  4. Left atrial contribution to ventricular filling during the course of evolving heart failure (1992) 心不全の進行に伴う左房のポンプ機能と左室充満への寄与を検討。 DOI: 10.1161/01.CIR.86.4.1317。
  5. Nagueh et al. JASE 2025;38:537–569(ASE更新勧告) 複数の心エコー所見と臨床情報を統合する、拡張能と左房圧の評価勧告。 DOI: 10.1016/j.echo.2025.03.011。
  6. Obokata et al. Circulation 2017;135:825–838 同時侵襲計測を基準に、安静時と負荷時の拡張能評価を検討。 DOI: 10.1161/CIRCULATIONAHA.116.024822。