心拍数が増えれば心拍出量も増えるのか――収縮予備能と充満
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心拍数が増え、一回拍出量SVが保たれれば、心拍出量COも増える。しかしSVは心拍数とともに変わるので、拍数だけからCOの変化は決められない。本稿では、収縮期の指標が上がってもSVが保たれなかった臨床研究から出発し、心拍数と心筋張力の設定を別々に変えて、拍数の利点がどこで相殺されるかを見る。
収縮する力を増やす余地と、短い周期で必要な血液を受け入れる余地を分けて考える。SV=EDV−ESVなので、駆出後に残る容積と、駆出前に入った容積の両方を見る。ただし閉じた循環では、収縮と充満の変化は互いに影響する。
収縮指標は上がり、SVは減った
Wachterらは、EFが正常な心不全患者(原著の呼称HFNEF)17例と対照7例を、安静時と心房ペーシング100・120 bpmで比較した。心拍数を上げるとdP/dtmaxは両群で増え、HFNEF群ではEesも増えた。一方、同群ではEDVと一回拍出量係数が低下し、心係数の増加は120 bpmで頭打ちになった。図1に所見を整理する。1)
図1:ペーシングで収縮指標と充満・拍出はどう動いたか

原著Results、Fig. 3・5の変化の方向を整理した代替図表。原図は平均±SEMだが、ペーシング時の正確な数値は本文の表に示されていないため、読み取り値を補完していない。CIとSVIは体表面積で補正した量。Eesは各心拍数で下大静脈遮断による負荷系列から測定した。1)
Wachter et al. Eur Heart J (2009), Results and Figs. 3, 5. DOI:10.1093/eurheartj/ehp341。所見を独自に整理。 · 原著の報告値・所見に基づく独自作図(原図転載なし)
同じ患者で、収縮期の指標は上がったのにSVは減った。力の予備能を示す指標の上昇が、SVの維持には結び付かなかったことになる。原著は題名のとおり、このCO増加の鈍化を弛緩障害と関連づけ、弛緩と受動的な硬さの指標を原著Fig. 4に示している。ただし17例と7例の小規模研究であり、ペーシングは運動時の反応とは異なるため、HFpEF全体や運動時へそのまま当てはめることはできない。注1
SVが何割減ると、拍数の利点が消えるか
心拍出量COは、心拍数HRと一回拍出量SVの積である。HRをbpm、SVをmL、COをL/minで表すため、1,000で割る。SVは、同じ出口を通る正味の一拍量とする。
式は自明だが、心拍数を動かす判断に直結する。一時ペーシングで心拍数を上げる場合も、頻脈をレートコントロールで下げる場合も、COがどちらへ動くかは、HRの変化率とSVの変化率の釣り合いで決まる。式が教えないのは、HRを変えたときにSVがどれだけ連動して変わるかである。
70 bpmから100 bpmへ上げた二つの定常状態を比べると、COの比は心拍数の比100/70とSVの比の積になる。100 bpmでのSVが70 bpmの70%ならCOは変わらない。SVの減少がそれより小さければCOは増え、大きければ減る。この70%は定義式から出る境界であり、測定値ではない。
近い心拍数どうしの釣り合いは、変化率で表すと見通しがよい。ほかの設定を固定した定常状態の系列に沿って対数をとって微分すると、次式を得る。右辺第2項は、心拍数が1%増えたときにSVが何%変わるかという局所的な応答である。
SVが保たれれば右辺は1で、COはHRに比例して増える。SVの応答が−1なら、拍数の増加はSVの減少にちょうど打ち消され、−1を下回ればCOは減る。ただし、この式はSVが減る理由を教えない。理由を知るには、一拍の中で何が削られるかを見る必要がある。
短くなる一拍で、何が削られるか
一周期の長さTは60/HR秒で、70 bpmでは約0.86秒、100 bpmでは0.60秒となる。この約0.26秒の短縮を、収縮期と拡張期が同じ割合で分け合うとは限らない。充満量を左右するのは、僧帽弁が開いて血液を受け入れられる時間と、その間の左房と左室の圧較差である。
受け入れやすさには、弛緩と受動的な硬さという別々の性質が関わる。弛緩は、Caの回収とクロスブリッジの解離によって能動張力が下がっていく過程である。弛緩にかかる時間が変わらないまま周期だけが短くなれば、充満に使える時間のうち弛緩が終わっていない部分の割合が大きくなり、同じ容積でも心室圧が高くなって流入が妨げられ得る。受動的な硬さは、活性化が消えた後でも容積を増やすのにどれだけ圧が要るかという性質で、十分に弛緩した条件での拡張末期圧容積関係EDPVRの形として表れる。2,3)
短い時間でも、充満を促す圧較差が大きければ流入を保てる場合がある。ただし、そのために左房圧が上がるなら、同じCOを得るのにより高い充満圧が要るようになったということである。だからSVだけでなく、最大左室容積と左房圧を並べて見る。圧が高いことを、入った血液が多いことと同一視しない。
心拍数と張力を別々に変える
まず心筋張力の基準値を保ち、70 bpmと100 bpmの二条件を比べる。次に100 bpmのまま、左室自由壁と中隔の能動応力の基準値を1.00倍と1.25倍にした組を比べる。総血液量、血管、弁、受動的な心筋の設定は共通で、それぞれの周期定常の一拍を表示する。注2
結果を読む前に、重要なモデル条件を一つ確認しておく。このモデルでは、心拍数の設定に応じて、あらかじめ規定したCa波形の時間幅も変わる。そのため心拍数だけを変えた比較でも、力の発生と消失の時間経過が同時に変わり得る。張力の基準値を固定しても、Caの時間経過や実際に発生する力まで固定したことにはならない。生体でも心拍数の変化にはCaハンドリングや交感神経の作用が伴うが、このモデルの応答がそれを定量的に再現しているわけではない。
最初の比較では、100 bpmのSVが、COを保つ70%の境界に対してどこにあるかを確かめる。次の比較では、心筋張力の基準値を増やせば、そのSV低下をどれほど補えるかを見る。
インタラクティブ・シミュレーション
張力設定を保ち、70 bpmと100 bpmを比べる
心拍数変更に伴って、モデルで規定されたCa波形の時間幅も変わる。
シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 4件・操作 0件
- グラフ 1
- グラフ 2
- 正味CO
- 正味CO
- 前方SV
- 前方SV
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
COとSVに続けて、最大・最小左室容積、PVループ、圧波形を見る。最大容積の差は充満の大きさを、最小容積の差は駆出後に残る量を表す。EFは割合なので、EFが高くてもSVが小さいことがある。割合と絶対量を行き来して読みたい。注3
基準張力で70から100 bpmへ上げると、SVは80.1から57.6 mLへ減り、元の71.9%になった。COは5.61から5.76 L/minへ、約3%増えただけである。SVは70%の境界をわずかに上回ったにすぎず、心拍数43%の増加はほとんどSVの減少に打ち消された。二点から見積もったSVの応答は約−0.92で、−1に近い。
インタラクティブ・シミュレーション
100 bpmのまま、張力設定を増やす
同じ心拍数で張力の基準値を1.00倍と1.25倍にする。生体の頻度依存性増強を再現した条件ではない。
シナリオ 2件・グラフ 1件・出力 4件・操作 0件
- グラフ 1
- 正味CO
- 正味CO
- 前方SV
- 前方SV
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
100 bpmで張力の基準値を1.00倍から1.25倍へ上げても、前方SVは57.6から58.2 mLへ約0.5 mL増えただけだった。PVでは最大容積と最小容積がともに小さくなったため、両者の差であるSVの増加は小さい。この範囲では、張力の基準値を上げるだけで、心拍数増加に伴うSV低下を大きく補うことはできなかった。
では、心拍数を上げたとき、一拍のどこが削られたのか。基準張力で70から100 bpmへ上げた組では、最大左室容積が143.7から117.6 mLへ約26 mL減ったのに対し、最小容積は63.6から60.0 mLへ約4 mL減っただけだった。SVの減少はほぼ充満側、つまり最大容積の縮小によるものである。
大動脈弁の前方流が続く時間は0.256秒から0.210秒へ短くなった。この短縮は一周期の短縮約0.26秒の2割弱であり、前方流がない時間は約0.21秒短くなっている。この差をすべて充満時間の減少とみなさず、等容性の時相も含めて考える。
充満量の減少に伴い、平均左房圧は8.4から7.2 mmHgへ、僧帽弁閉鎖時の左室圧も約11から6 mmHgへ下がった。圧と容積がともに変わった閉ループの応答であり、この値だけから弛緩障害の有無や、静脈還流が律速したかは決められない。充満時間、規定Ca波形、血液の分布の各寄与を分けた実験ではない。
100 bpm・張力1.25倍を生体の頻度依存性の収縮増強と同一視せず、基準張力の100 bpmをHFpEF患者の再現とも見なさない。示したのは、今回の条件では心拍数によるSV低下がCO増加の多くを相殺し、張力の基準値を高めてもその低下を大きく補わなかった、という結果である。
心拍数を動かしたとき、COがどちらへ動くかは、拍数とSVの変化率の釣り合いで決まる。収縮指標が上がったことから、SVやCOの維持までは言えない。最大・最小容積のどちらがどう変わり、その拍出をどの左房圧で得ているかを追う。二つの容積項を、力と充満という独立した原因にそのまま割り当てず、循環全体の応答として読むことが大切である。
収縮性を高めれば心拍出量は増えるのか――静脈還流と左右心前の記事 — 収縮性を考えるCircleHeart 収縮性を高めれば患者は良くなるのか――拍出・仕事量・転帰次の記事 — 収縮性を考えるCircleHeart注釈
- 注1原著の測定と、本実験との違い↩
WachterらのEesは、コンダクタンスカテーテルによるPV測定と、各心拍数での下大静脈閉塞による負荷系列から求めた値であり、非侵襲的な単拍推定ではない。ペーシングは運動に伴う交感神経活動や血管の反応を再現しない。本稿のシミュレーションも周期定常状態どうしの比較であり、下大静脈閉塞中の過渡的な拍列を再現するものではない。
- 注2張力とCa波形の設定↩
張力1.25倍は、左室自由壁と中隔の筋フィラメントモデルで、能動応力の基準値Trefに1.25を掛ける設定である。Ca波形、Ca感受性、クロスブリッジの遷移速度は直接変えない。心拍数に応じたCa波形の時間幅はモデルが規定するもので、それが生体の頻度依存性のCa制御をどこまで表すかは本実験では検証していない。総血液量は4,935 mLで全条件共通である。
- 注3実験の出力を読む際の定義↩
COには大動脈弁の正味流量を用いる。今回の四条件では、表示した大動脈弁前方一拍量と、CO・HRから逆算した正味一拍量は丸めの範囲内で一致した。CO=HR×SVの照合には同じ弁の正味一拍量を使い、前方一拍量を使う場合は逆流分の差を確かめる。最大・最小左室容積は一拍の極値であり、弁閉鎖のイベントで定義したEDV・ESVとは無条件には置き換えない。大動脈弁前方流の持続時間を収縮期全体と呼んだり、一周期から引いた残りを拡張期の充満時間と呼んだりしない。本文のSV応答約−0.92は、70と100 bpmの二点からln(SV比)/ln(HR比)で求めた平均的な値で、特定の心拍数での微分値とは一致しない場合がある。
文献
- Wachter et al. — Blunted frequency-dependent upregulation of cardiac output is related to impaired relaxation in diastolic heart failure Eur Heart J. 2009;30:3027–3036. DOI:10.1093/eurheartj/ehp341。原著Fig. 3:収縮性指標、Fig. 4:弛緩と受動的硬さ、Fig. 5:心係数・一拍量・容積。↩1↩2
- Solaro — Control of Contractility Is at the Cellular Level of Organization Regulation of Cardiac Contractility(2011)の公式公開章。Ca供給・放出・回収と興奮収縮連関の説明に使用。↩
- Solaro — Left Ventricular Diastolic and Systolic Pressure, Ejection, and Relaxation Reflect Sarcomeric Mechanical Properties Regulation of Cardiac Contractility(2011)の公式公開章。筋節の調節、架橋、ATPと心室の収縮・弛緩をつなぐ説明に使用。図の自由再利用条件は未確認のため、当該章の図は転載していない。↩