狭い弁の先の血管負荷は拍出を変えるか――ASと低収縮性
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大動脈弁狭窄症(AS)では、狭い弁が左室の出口を制限する。では弁が同じなら拍出量も決まってしまい、その先の血管負荷を下げても意味はないのだろうか。そうではない。駆出中の左室圧は大動脈圧と弁の圧較差の和なので、大動脈側の圧が下がれば拍出は増えうる。そして流量が増えれば、同じ弁でも圧較差は上がる。本記事では、左室から見た後負荷を弁の負荷と血管の負荷に分け、心筋の張力が低い心室でこの区別がとくに重要になる理由を考える。
比較には、狭窄弁、心筋張力、血管抵抗を別々に設定できる循環モデルを使い、それぞれが周期定常に達した一拍どうしを比べる。薬剤投与後の時間経過や用量反応は扱わない。
弁の負荷と血管の負荷
駆出中の左室圧P_LVは、同じ時刻の大動脈圧P_Aoと、弁前後の圧較差ΔP_valveの和である。別々の時刻のピーク値を足し合わせる式ではない。
右辺の二つの項は性質が違う。ΔP_valveは弁口の狭さと弁を通る流量に左右され、P_Aoは血管床の抵抗・容量特性と心臓から入る流れに左右される。体循環の平均圧については、平均流量と体血管抵抗SVRを用いて次の関係がおおむね成り立つ。右房圧RAPを引くのは、体循環の出口側にも圧があるからである。
圧をmmHg、COをmL/sで表せば、SVRの単位はmmHg·s/mLとなる。この式は平均値の関係であり、一拍内の大動脈圧波形までは決めない。拍動する心室が受ける負荷には、動脈のコンプライアンス、心拍数、駆出の時間分布も関わる。
同じ弁でも、流量が増えれば圧較差は増える
狭窄部を単純なオリフィスとみなすと、有効開口面積A_effを通る流速vは流量QをA_effで割った値になり、狭窄部で必要な圧差はその二乗に比例する。SI単位での基本形は次の通りである。
ρは血液密度である。A_effが同じでも、流量が増えれば圧較差は上がる。逆に、圧較差が低いからといって弁が軽症とは限らない。心室が十分な流量を生めなければ、狭い弁を通る流速そのものが低くなる。
この式は関係をつかむための近似であり、モデルの弁の式全体や、臨床のあらゆる圧較差の定義を置き換えるものではない。たとえばDopplerの4v²による圧較差と、左室から圧回復後の大動脈までの圧差は、測る位置と圧回復の扱いが異なる。実験と原著を比べるときは、定義のそろった値を選ぶ。注1
低収縮性の心室で血管負荷が効く理由
心室の側からも考える。収縮末期圧–容積関係を直線P_es=Ees(ESV−V₀)で近似する。Eesは傾き、V₀は容積切片、P_esは左室の収縮末期圧である。有効動脈エラスタンスをEa=P_es/SVとする。Eaは左室から見た駆出負荷の要約であり、ASでは弁とその先の血管の影響を分けた量ではなく、血管抵抗そのものでもない。逆流がなく、EDV、V₀、心拍数が一定であると仮定し、SV=EDV−ESVを使ってESVを消去すると、次の式が得られる。
同じEDVでも、Eesに対してEaが大きいほど駆出後に残る容積が増え、SVは小さくなる。Eaを変えたときのSVの相対変化は、対数微分で次のように書ける。
右辺の絶対値は、EaがEesに比べて大きいほど1に近づく。つまりEaがEesより十分大きければ、ごく小さな変化の一次近似で、Eaの低下率とほぼ同じ割合だけSVが増える。EaとEesが等しければ、その反応は約半分になる。これは同じEa、EDV、V₀の下でEesを比べたときの、相対的な後負荷感度である。
ただし、相対変化が大きくても、もとのSVが小さければ増加する絶対量は大きいとは限らない。またASでは、血管側の負荷を下げた効果の一部が、流量増加に伴う弁側の圧較差で相殺される場合がある。SVは流量の時間積分なので、SVが増えるだけで圧較差の上昇まで決まるわけではない。
さらに、閉じた循環ではEDVも固定されない。血液の分布、静脈還流、肺循環、左右心の釣り合いから決まる。上の式は変化の向きを考える助けになるが、循環全体の定常状態を一意には決めない。そこで式から予想した向きを、EDVも自由に変わるモデルで見てみる。
弁口面積が同じまま拍出が増えた観察
Khotらは、重症AS、EF低下、低心係数を伴う25例にニトロプルシドを投与し、血行動態を前向きに調べた。心係数は平均1.60から24時間時点で2.52 L/min/m²へ増加した。心エコーを再検した6例では、弁口面積が変わらないままSVと圧較差が増えた。圧較差の上昇が狭窄の悪化を意味するとは限らないことを示す観察である。1) 再検6例の結果を図1に示す。
図1:同じ狭窄弁でも変わる拍出量と圧較差

心エコー再検6例の平均±SD。投与前と24時間時点を比較した原著Fig. 3・図注の報告値。弁口面積に有意な変化はなく、SVとDoppler圧較差が増えた。この時刻をモデルの移行時間には対応させない。1)
Khot et al. N Engl J Med (2003), Fig. 3 and caption. DOI:10.1056/NEJMoa022021。報告値から独自作図。 · 原著の報告値・所見に基づく独自作図(原図転載なし)
対象からは、平均動脈圧60 mmHg未満の症例と、静注強心薬・昇圧薬を必要とする症例が除外されている。規模も小さく、AS患者一般に血管拡張薬を勧める根拠にはならない。本記事がこの研究から取り出すのは、「弁の負荷があっても、血管側の条件は拍出を左右しうる」という力学的な仮説である。
モデルはこの仮説を、制御された定常条件で調べるために使う。原著の6時間・24時間という時刻をシミュレーションに対応させることはしない。薬剤の血管・冠循環への作用、反射、診療上の調整を、血管抵抗の設定一つに置き換えることもしない。
モデルで血管と心筋を別々に動かす
大動脈弁の最大有効開口面積を0.80 cm²に固定し、体血管抵抗だけを高から低へ変える。まず左室自由壁と中隔の能動張力の基準値を70%にした心室で、次に基準張力の心室で同じ抵抗の差を比べる。心拍数と総血液量は共通で、容積・圧・流量は循環の釣り合いから決まる。注2
最初の二条件では、血管抵抗を下げても狭窄弁そのものは変わらない。張力の基準値はEesの設定値ではなく、この比較ではEesを求めていない。前方SV、平均大動脈圧、平均弁圧較差を順に見る。
インタラクティブ・シミュレーション
低張力の心室で血管抵抗を下げる
弁口面積0.80 cm²・心筋張力の基準値70%を共通にする。
シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 6件・操作 0件
- グラフ 1
- グラフ 2
- 前方SV
- 前方SV
- 平均大動脈圧
- 平均大動脈圧
- 平均弁圧較差
- 平均弁圧較差
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
低張力の心室で体血管抵抗を下げると、前方SVは71 mLから77 mLへ、心拍出量は5.0 L/minから5.4 L/minへ増えた。平均大動脈圧は96 mmHgから72 mmHgへ下がったが、駆出中の平均圧較差は35 mmHgから42 mmHgへ上がった。弁の設定は同じまま、拍出の増加と圧較差の上昇が同時に起きた。注3
同じ比較で、左室の収縮期最高圧も152 mmHgから134 mmHgへ下がった。平均弁圧較差が上がっても、左室最高圧まで上がるとは限らない。平均値と最高値は直接足し引きできないが、弁と血管を合わせた負荷を見る必要性がこの組合せから分かる。次に、同じ抵抗の差を基準張力の心室で比べる。
インタラクティブ・シミュレーション
基準張力の心室で同じ抵抗差を比べる
弁口面積と抵抗の二水準は先の比較と共通。心筋張力の基準値は100%。
シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 6件・操作 0件
- グラフ 1
- グラフ 2
- 前方SV
- 前方SV
- 平均大動脈圧
- 平均大動脈圧
- 平均弁圧較差
- 平均弁圧較差
シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。
基準張力の心室でも、同じ抵抗の低下で前方SVは77 mLから80 mLへ増え、平均圧較差は46 mmHgから51 mmHgへ上がった。SVの増加率は低張力で8.5%、基準張力で4.8%、増加量でも約6 mLと約4 mLで、低張力の心室のほうが大きく反応した。式から予想した向きと一致するが、この比較でEesやEaを求めたわけではなく、感度式を定量的に検証したことにはならない。
Khotらの観察と共通するのは、狭窄を変えずに拍出が増え、圧較差も上がりうるという向きである。モデルは患者データにフィットしておらず、原著の心エコーによる圧較差と、モデルの上流・下流圧差から求めた水力学的圧較差を同じ数値として比べてもいない。一致しているのは変化の向きであり、患者群の定量的な再現ではない。
flow reserveと収縮予備能を読み分ける
ここまでの「流量」は、一回拍出量SVと同じではない。圧較差を決めるのは弁を通る流量Qであり、収縮期の平均流量はSVを駆出時間で割った値で近似できる。COはSVと心拍数の積である。駆出時間や心拍数が変われば、SVがあまり増えなくても平均流量やCOは増えうる。
Satoらは低圧較差ASの243人・258検査を解析し、dobutamine負荷でSVの増加によるflow reserveの基準を満たさなかった群でも、平均収縮期流量と圧較差は増加していたことを示した。SVを見るか平均流量を見るかで、「負荷で何が増えなかったのか」の答えが変わる。SVで判定したflow reserveの有無を、そのまま心筋の収縮予備能の有無と読まないための注意点である。2)
低収縮性のASを評価するときは、狭窄の程度、心筋の発生力、血管負荷、実際に流れた量を一つの指標に押し込めない。PVループは心室の圧と容積を、圧較差は弁を通る流れを、定常COは循環全体の到達点を示す。三つを並べることが、同じ低EFや低圧較差の背後にある条件を見分ける手がかりになる。
MRを減らしたらEFが下がるのはなぜか前の記事 — 収縮性を考えるCircleHeart 収縮性を高めれば心拍出量は増えるのか――静脈還流と左右心次の記事 — 収縮性を考えるCircleHeart注釈
- 注1圧較差の定義と狭窄設定↩
Dopplerの最大瞬時圧較差、駆出期平均圧較差、カテーテルのpeak-to-peak圧較差は異なる量である。モデルの左室–大動脈圧差と比べるときも、圧の測定位置と、前向きに流れている積分区間を確認する。
狭窄の最大開口面積を固定しても、一拍内の実効開口面積は弁の開閉状態に依存する。石灰化、弁尖の構造、流量に依存した開大を含む臨床の病態全体とは等置せず、実験に実際に用いた入力・出力と照合する。
- 注2実験条件と出力の定義↩
四条件に共通の設定は、心拍数70 bpm、総血液量4,935 mLである。心筋張力は左室自由壁と中隔の能動張力に掛ける倍率で、基準張力を1.00、低張力を0.70とした。体血管抵抗はモデル内の参照抵抗に対する倍率で、高抵抗を1.25、低抵抗を0.75とした。この倍率は臨床で実測するSVRそのものではない。
実験の容積は一拍の最大・最小値であり、弁閉鎖のタイミングで定義するEDV・ESVとは区別する。COは大動脈弁の正味流量、SVは大動脈弁の一拍あたり前方流量である。本実験では大動脈弁逆流を設定していない。平均水力学的圧較差は、前方流がある区間で上流圧−下流圧を時間平均した値である。本文の数値は保存時に完了した一拍の値で、再生表示では拍ごとに小さな差がある。最後の桁ではなく、条件間の圧・流量の組合せを比較する。
- 注3容積と充満圧の変化↩
PVループでは、最小容積が104 mLから89 mLへ減ったのに対し、最大容積は175 mLから167 mLへの減少にとどまった。SVの増加は、ループの左端が大きく左へ移ったことによる。平均左房圧も15.6 mmHgから11.5 mmHgへ下がっており、血管負荷とともに充満条件も変わっている。EDVを固定した先の式に抵抗の変化だけを当てはめても、このSV変化は定量的には予測できない。
文献
- Khot UN, et al. Nitroprusside in Critically Ill Patients with Left Ventricular Dysfunction and Aortic Stenosis. N Engl J Med. 2003;348:1756–1763. DOI:10.1056/NEJMoa022021。25例の前向き研究。Fig. 3は再検査6例の弁口面積と圧較差。↩1↩2
- Sato K, et al. Physical and physiological effects of dobutamine stress echocardiography in low-gradient aortic stenosis. Am J Physiol Heart Circ Physiol. 2022;322:H94–H104. Am J Physiol Heart Circ Physiol. DOI:10.1152/ajpheart.00183.2021。243人・258検査。Fig. 4B/Dは全体のSV/平均駆出流量、Fig. 6B/DはSV増加基準で分けた群の平均圧較差/平均駆出流量。↩