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輸液で血圧が上がるのはなぜか——そして、上がらないのはなぜか

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同じ500 mLの輸液で、血圧が上がる患者と、ほとんど反応しない患者がいます。違いを決めるのは、入れた量だけではありません。この記事では、静脈還流とFrank–Starling関係を手がかりに、輸液が心拍出量になるまでの経路と、うっ血に変わる境目をたどります。

読み終えるころには、輸液から血圧上昇までの経路を説明し、輸液反応性と「血管内が空であること」を区別し、心拍出量が増えず充満圧だけが上がる場面を予測できるようになります。各実験では、操作する前に答えを選んでください。

当直室にて

深夜2時、病棟からコールが入ります。「術後の患者さん、血圧が78/45まで下がっています」。あなたは細胞外液500 mLの急速投与を指示し、30分後、血圧は102/58まで回復しました。

ここで一度立ち止まります。輸液をしたあと、なぜ血圧が上がったのでしょうか。

「循環血液量が増え、前負荷が増え、心拍出量が増えたから」。そのとおりです。ただし、最初の矢印である「輸液をすると、なぜ前負荷が増えるのか」を図で説明するのは簡単ではありません。別の夜には、同じ500 mLを入れても血圧がほとんど動かない患者に出会います。矢印の中身がわからなければ、そこで次の一手を選べません。

ここから、この矢印をシミュレーションで一つずつ分解します。

教科書の式には、静脈が出てこない

血圧の骨格は、1本の式で表せます。

MAPCO×SVR\mathrm{MAP} \approx \mathrm{CO} \times \mathrm{SVR}
TeX: \mathrm{MAP} \approx \mathrm{CO} \times \mathrm{SVR}

平均血圧 ≒ 心拍出量 × 体血管抵抗。輸液は、右辺の「心拍出量」を増やそうとする介入です。ただし、この式には輸液の主戦場が書かれていません。心臓が拍出できるのは、静脈から還ってきた血液だけです。輸液の効果を理解するには、まず静脈側を見る必要があります。

圧を生んでいるのは、注ぎ足した分だけ

全身の血管をつないだ、1つの弾性のある袋を想像してください。この袋の中には、性質の違う2種類の容量があります。

血管を満たすだけで壁を押し広げない量をunstressed volume(非ストレス容量)、そこからさらに加わり、壁に張力と圧を生む量をstressed volume(ストレス容量)と呼びます。静脈還流を押し出す圧に直接効くのは、主に後者です。

仮に心臓を止め、全身の圧が均一になるまで待ったとき、血管系に残る圧を平均体循環充満圧(Pmsf)と呼びます。stressed volumeが多いほどPmsfは高くなります。静脈還流を押し戻す駆動力は、上流のPmsfと下流の右房圧との差です。

これで、輸液が血圧を上げる経路を最後まで書けます。

輸液 → stressed volumeの増加 → 平均体循環充満圧(Pmsf)の上昇 → 静脈還流の増加 → 心室充満の増加 → 1回拍出量の増加 → 心拍出量と血圧の上昇。輸液が効くとき、この経路が順に通ります。

教科書では、この経路を「前負荷が増える」の一言にまとめます。しかし、輸液が効かないときには、どこかの矢印が進んでいません。3つの実験で、通る矢印と止まる矢印を順に見ていきます。

動かして確かめる①:6本の矢印を全部通す

まずは、輸液に反応する状態で6本の矢印が通る様子を見ます。

確認問題

循環血液量を500 mL増やした直後、最初にはっきり動くと予想する値はどれでしょうか?

  1. 中心静脈圧(CVP)
  2. 平均血圧(MAP)
  3. 1回拍出量(SV)
答えと解説

正解: 中心静脈圧(CVP)

容量を足すと、まず静脈・右房側の充満圧が動きます。その後、静脈還流と心室充満が増え、1回拍出量や血圧へ変化が伝わります。

インタラクティブ・シミュレーション

輸液反応:基準と +500 mL

シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 5件・操作 6件

  • グラフ 1
  • グラフ 2
  • Heart rate
  • Native left cardiac output
  • Mean arterial pressure
  • LV ejection fraction (extrema)
  • Mean left atrial pressure
  • Heart rate
  • Total blood volume
  • Systemic resistance
  • Contractility
  • Venous tone
  • PEEP

シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。

操作と見る場所

総循環血液量を基準から約500 mL増やし、新しい状態に落ち着くまで数拍待ちます。

動脈圧だけでなく、右房圧・左房圧、心拍出量、Guyton / Starling曲線の交点がどちらへ動くかを順に見てください。

もう一歩:Guyton / Starling曲線の交点を読む

横軸は右房圧、縦軸は流量です。右下がりの線は静脈還流曲線で、「この右房圧なら、静脈からどれだけ戻れるか」を表します。もう1本は、同じ充満圧に対して心臓がどれだけ拍出できるかを表す心機能曲線です。

循環血液量を増やすと静脈還流曲線が右へ動き、2本の交点は右上へ移ります。この交点が、静脈還流量と心拍出量が釣り合った定常状態です。ここでは、輸液がまず静脈側の曲線を動かすことを確認できれば十分です。

15秒の観測では、循環血液量を5600から6100 mLへ増やすと、平均血圧は87.5から94.7 mmHg、心拍出量は5.50から5.90 L/minへ上がりました。左房圧と右房圧も上昇しています。この条件では、充満圧の上昇と拍出量の増加が同時に起こり、最初から最後まで矢印が通りました。ただし、すべての患者が同じ変化を示すわけではありません。

動かして確かめる②:1滴も輸液せずに血液を動かす

次は循環血液量を1 mLも変えずに、静脈側の血液分布を動かします。

確認問題

循環血液量を変えずに静脈トーヌスを上げると、何が起こりうるでしょうか?

  1. 血液量が同じなので、循環はまったく変わらない
  2. 血液の分布と充満圧が変わり、静脈還流も変化しうる
  3. 500 mL輸液したときと、必ず同じ変化になる
答えと解説

正解: 血液の分布と充満圧が変わり、静脈還流も変化しうる

容量血管の性質が変われば、総量が同じでもstressed volumeと圧の配分は変わりえます。ただし、静脈トーヌス上昇は輸液や受動的下肢挙上と同じ介入ではありません。

インタラクティブ・シミュレーション

静脈トーヌス:容量を変えない比較

シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 5件・操作 6件

  • グラフ 1
  • グラフ 2
  • Heart rate
  • Native left cardiac output
  • Mean arterial pressure
  • LV ejection fraction (extrema)
  • Mean left atrial pressure
  • Heart rate
  • Total blood volume
  • Systemic resistance
  • Contractility
  • Venous tone
  • PEEP

シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。

操作と見る場所

総循環血液量を固定したまま、静脈トーヌスを0.10から0.20へ上げます。

右房圧・左房圧、心拍出量、動脈圧の変化を見ます。変化の大きさだけでなく、血液量を足していないことを意識してください。

15秒の観測では、平均血圧は87.10から87.86 mmHg、心拍出量は5.477から5.528 L/minへわずかに上がりました。左房圧と右房圧も小さく上昇しています。変化量は大きくありませんが、血液を足さなくても、容量血管の性質が変われば分布と圧の配分が変わることを示しています。

臨床への接続:麻酔導入時の静脈拡張

麻酔導入では、静脈拡張によって容量血管側へ血液が偏り、中心循環から見た有効な前負荷が減ることがあります。血液を失っていなくても、出血と似た血行動態の一部が現れうる理由です。

ただし、実際の麻酔導入時低血圧には、心収縮性、動脈抵抗、心拍数など複数の変化が重なります。この実験は、そのうち静脈トーヌスだけを切り分けています。

動かして確かめる③:では、なぜ上がらないのか

冒頭のもう一人の患者に戻ります。500 mLを入れても、血圧が動かなかった患者です。ここからが、この記事の本題です。

確認問題

すでに容量が満たされた状態で、さらに500 mLを加えると、心拍出量の増え幅はどうなるでしょうか?

  1. 最初の500 mLと同じだけ増える
  2. 増え幅は小さくなる
  3. 必ず大きく低下する
答えと解説

正解: 増え幅は小さくなる

Starling曲線の平坦部では、前負荷を増やしても1回拍出量はほとんど増えません。追加容量は、拍出量より充満圧の上昇として現れやすくなります。

インタラクティブ・シミュレーション

高容量域:さらに +500 mL

シナリオ 2件・グラフ 2件・出力 5件・操作 6件

  • グラフ 1
  • グラフ 2
  • Heart rate
  • Native left cardiac output
  • Mean arterial pressure
  • LV ejection fraction (extrema)
  • Mean left atrial pressure
  • Heart rate
  • Total blood volume
  • Systemic resistance
  • Contractility
  • Venous tone
  • PEEP

シミュレーションを操作するにはJavaScriptを有効にしてください。

操作と見る場所

すでに高容量域にある状態から、総循環血液量をさらに約500 mL増やします。

最初の実験と比べて、心拍出量の増え幅と、右房圧・左房圧の上がり幅がどう違うかを見てください。

高容量域では、さらに500 mLを加えても心拍出量は5.951から5.953 L/minと、ほとんど増えませんでした。一方、平均左房圧は13.73から17.76 mmHg、平均右房圧は6.11から9.30 mmHgへ上がっています。増えた容量は拍出量より、うっ血につながる充満圧として現れました。

なぜ、圧だけが上がるのか

静脈還流曲線は輸液によって右へ動きます。しかし、心機能曲線の平坦な部分では、交点が右へ移っても流量はほとんど増えません。

その結果、右房圧と左房圧が上がります。臨床では、追加容量が肺うっ血や酸素化悪化として返ってくる可能性を考えます。

この場面では、CVPの変化が重要です。輸液を重ねても心拍出量が増えず、CVPだけが上がるなら、「これ以上入れても流量は増えにくい」という循環からの返事かもしれません。CVPの絶対値だけで前負荷を判断するのは困難ですが、介入に対する変化には情報があります。

「輸液反応性がある」とは、Starling曲線の立ち上がり部分にいるという意味であり、血管内が空であることと同義ではありません。同じ500 mLでも、曲線上の位置によって利益と不利益が変わります。

解釈するときの注意

このシミュレーションの限界

このモデルには圧受容体反射がないため、血圧低下に対する心拍数や血管トーヌスの自動補正は起こりません。今回は収縮能も固定し、輸液と静脈トーヌスの物理を切り分けています。

実際の患者では、血管透過性、右心機能、陽圧換気、心収縮性などが同時に変化します。ここで得た数値を患者へ直接当てはめず、変化の方向と因果関係を学ぶために使ってください。

同じ500mLが、薬にも毒にもなる

輸液が効くかどうかは、量だけでなく2つの位置で決まります。stressed volumeが不足しているのか。それとも、すでにStarling曲線の平坦部にいるのか。前者なら500 mLは拍出量と血圧に変わりえますが、後者では左房圧とうっ血に変わりやすくなります。輸液を指示する前に、この2点を考えてください。CVPは、絶対値より投与後の動きに情報があります。

確認問題

500 mL投与後、心拍出量は変わらず、CVPと左房圧だけが上がりました。次の解釈として最も適切なのはどれでしょうか?

  1. 前負荷が足りないので、同じ輸液を繰り返す
  2. Starling曲線の平坦部に近く、追加容量がうっ血へ回っている可能性を考える
  3. CVPが上がったので、循環血液量が適正になったと断定する
答えと解説

正解: Starling曲線の平坦部に近く、追加容量がうっ血へ回っている可能性を考える

輸液反応性が乏しく、充満圧だけが上がるなら、追加容量の利益が小さく、うっ血の不利益が増えている可能性があります。実際の判断では、灌流指標、心エコー、呼吸状態なども合わせます。

次に読む:出血のとき体で何が起きているか輸液の前に、出血そのものが循環をどう動かすかを追います。

次に読む

シリーズの最初へ:血圧はどうやって決まるのか平均血圧・脈圧・心拍数の読み分けを復習します。